白翁山 神宮禅寺の由来
応永二年(1395年)に人皇九十五代後醍醐天皇第十一番目の皇子聖鑑国師の法脈を直傳した悦翁大園真覚禅師によって開山されました。
歴史のある観音様で参道正面にお詞りされており、普段は秘仏ですが江戸時代には御開帳が行われた記録が残っています。観音堂には子安観世音菩薩が子育て、安産の観音様として昔から信仰され、戦前までは毎年8月17日にお祭が行われ、夜店がずらりと並びお参りする人でにぎわっていました。尚毎月17日にはご祈祷が行われています。
應永の初め、時の天下の御意見番であった美好朝臣がが常々世継ぎの無い事を憂い(祈願する事数日其の感應空しからず不思議なる哉一子を授け給ふ其の報恩の為に壱宇を建立し給うと)と言う事が残されており、当山に奉安し今日に至っています。末寺として要津寺(ようしんじ)、と光珠庵(こうしゅあん)がありましたが、明治時代に当寺に合寺されています。
観音堂には子安観世音菩薩、開運大黒天、弘法大師が安置されています。
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